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公衆電話とコレクトコールの切ない記憶

  • スタッフ日記

 

自分が20代で、携帯電話がまだ普及していなかった頃、連絡手段といえば公衆電話でした。駅前や街角にある電話ボックスは、今思えば小さな「通信基地」みたいな存在で、現場出張の帰り道にそこへ駆け込んだ経験がある人も多いのではないでしょうか。

 

私もその一人で、忘れられない出来事があります。
現場出張の休みで家に帰る途中、「今から帰るよ」と連絡しようと思い、公衆電話の前に立ちました。ところが、ポケットを探っても小銭がない。焦りながら財布を開けても、あるのは紙幣ばかり。両替できる店も近くに見当たらず、当時の自分は「どうしよう、詰んだ……」と軽くパニックでした。

そこで思いついたのが、コレクトコールです。
「相手が料金を払う形で電話できるやつだよな」と、106に電話してオペレーターにお願いしました。これで何とかなる。そう思っていました。

……が、返ってきた言葉は想像以上に冷静で、そして切なかったのです。

 

「相手様はいくら説明しても理解していただけませんでした」


その一言で、妙に現実に引き戻されました。こちらは必死なのに、電話に出たのは妻ではなく祖母で、突然の「料金を相手負担にする電話」という仕組みがよく分からず、警戒してしまったのかもしれません。

 

あるいは「知らない人間だし怖い」と思ったのかもしれない。理由は分かりませんが、オペレーター越しに伝えられる“交渉失敗”の報告には、ちょっとした敗北感がありました。

結局その日は、駅員さんに両替を頼んだのか、売店で何かを買って崩したのか、電話を諦めたのか――細かいところは曖昧で覚えていません。

でも、「説明しても理解されなかった」という言葉の響きだけは、なぜか今でもはっきり覚えています。

 

 

あれから何十年も経って、世の中はすっかり変わりました。
携帯電話が当たり前になり、連絡はいつでも取れるようになり、さらに今では電話をかけるより、メッセージアプリで短く送る方が自然なくらいです。スタンプ一つで用件が済んでしまうこともある。

 

「今から帰る」も、たった一行でいい。

 

そして、時代の変化を象徴するように、国内でのコレクトコールは今では使えないと聞きます。あのとき頼みの綱だった仕組みが、気づけば過去のものになっている。

便利さが増える一方で、昔の「いざというときの選択肢」が静かに消えていくのは、少し寂しいものです。

 


便利になったのは間違いありません。
でもふと、あの公衆電話の前で味わった焦りや、つながらなかったときのがっかり感を思い出すと、なんだか不思議な気持ちになります。

 

あの頃は、連絡を取ること自体に手間がかかっていた分、声がつながった瞬間の安心感が大きかった。電話口の「おかえり」や「気をつけてね」が、今より少し重みを持っていた気もします。

 

LINEで済む時代になったからこそ、たまには声で話すのも悪くない。
文章は便利で、早くて、ごまかしもきく。でも声には、体温みたいなものがあります。公衆電話の受話器を握りしめていたあの頃の自分が、今の生活を見たらどう思うだろう。

 

きっと「便利すぎるだろ」と驚きつつ、同時にどこかで、あの不便さが作ってくれていた“人っぽさ”みたいなものを懐かしむんじゃないか。そんなことを、ふと考えました。

 


環境は変わりましたが、送電線の工事現場は昭和時代と変わらない――そんなふうに感じることがあります。通信はここまで進化したのに、現場の景色には昔のままの部分が残っている。変わるものと変わらないもの、その両方が同じ時代に並んでいるのが、なんだか面白い。

 

今年で67歳を迎えます。
たまには自分から電話をかけて、声で「元気?」と伝える時間も大事にしながら、あの頃の不便さも含めて、今の当たり前に感謝して暮らしていこうと思います。

 

兎にも角にも安全第一で、今年もどうぞよろしくお願いいたします。

 

草川栄光

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